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2018.05.02

GOODS

見ているだけで心が和む、沖縄らしさを詰め込んだ「琉球みやらびこけし」

優美な曲線を描くからだに、愛らしい顔。元々東北地方で作られていた素朴な伝統工芸品であるこけしが、沖縄で色鮮やかな“琉球みやらびこけし”として生まれ変わりました。熟練の職人によって、ひとつひとつ丁寧に手作りされている美しいこけしたち。八重瀬町にある障がい者支援施設『太希おきなわ』内の工房を訪ねました。

沖縄に新たな“ものづくり”を−琉球みやらびこけし誕生の背景

一般的に“こけし”と聞いて思い浮かべるのは、円筒のような直線的なからだに大きな丸い頭。そして、細い糸のような目におちょぼ口。そんなイメージではないでしょうか。しかし、ここ沖縄で生まれた琉球みやらびこけしは、なめらかな曲線を描く細身のからだに色鮮やかな着物をまとい、ぱっちりとした目ににっこりと笑った口元も愛らしい、まさにみやらび(※)の姿をしています。

※みやらび(美童)…“美しい乙女、娘さん”を意味する沖縄方言

琉球みやらびこけしの製造、販売元である障がい者支援施設『太希おきなわ』を訪れ、施設長の仲本 潔さん、職員の松本 匡さん、新里 隆弘さんにお話しを伺いました。

−琉球みやらびこけしは、いつ頃から作られているのでしょうか?

沖縄県が本土復帰をした1972年に、当施設の設立に尽力した理事の提案で琉球みやらびこけしの制作が始まったと聞いています。その背景には沖縄に新たなものづくりを、という想いがあったようです。

作り初めた当初は、沖縄に”こけし”というものが無かったものですから作り方も分からず、本土から講師を招いて技術指導してもらっていました。そこに“沖縄らしさ”をデザインに取り入れて、琉球みやらびこけしが誕生したんです。
その後も、指導員が東北地方を訪れ本場のこけしを実際に見て学びながら、さらに技術を磨いていきました。

―当初から、現在ある5種類のこけしが作られていたのでしょうか?

いえ、当初は形も大きさも様々で、1メートルぐらいある大きなものから手のひらにちょこんとのる小さなサイズのものまであり、デザインも他に何種類かありましたね。しかし、機械の老朽化で大きいサイズは作るのが難しくなってしまって。現在使っている機械ももう40年前からずっと使っているので、なかなかレトロですよ。木工に携わっている人からは「えっ、まだこんな機械を使ってるの?」と驚かれるぐらいです。

デザインについては、かごを頭にのせた糸満の魚売りをモチーフにした『糸満娘』や、花笠を被った琉球舞踊の踊り手をモチーフにした『四つ竹』など、沖縄の文化や風習を取り入れています。表情に関しても本土のこけしとは少し違っていて、目をぱっちりさせて沖縄の女性らしさを表現しています。この中では、やはり色鮮やかな『四つ竹』が一番人気ですが、最近は美しい木目が見えるシンプルな琉球松のモデルも人気が出ていますよ。

―長年にわたり作り続けるなかで、ご苦労などはありましたか?

1975年に海洋博覧会が開催されたときには、お土産としてとても人気が出て売れゆきに生産が追いつかず、夜通し作業をするということもあったと聞いています。また海邦国体が開催された1987年には全国身体障がい者スポーツ大会の記念品に採用され、このときも生産に追われる日々が続いたそうです。
当時は10名ほどが制作に携わっていたのですが、現在は絵付けまで全ての工程ができる職人は2名になってしまいました。あのときのように大量生産はできませんが、次の世代へとしっかり技術を引き継いでいくことがこれからの課題です。

琉球みやらびこけしができるまで

事務所を後にし、琉球みやらびこけしの制作を行っている工房にお邪魔しました。窓から一面のさとうきび畑を見晴らす風通しの良い工房では、開設当初より携わっている絵付け職人の田港 朝一さん、そして職人歴40年目を迎えた翁長 敏光さんを中心に、絵付け補佐2名、木工場3名の計7名で作業が行われていました。

制作数は、月に30〜40体程度。ひとつひとつ手作業で丁寧に作られているため大量生産はできません。だからこそ、丁寧に磨かれた滑らかな手触りや、ひとつひとつ微妙に違う愛らしい表情に、ほっと心が和みます。

琉球みやらびこけしの製造は、木材を切り出すことからはじまります。
主に使用する木材は、琉球松、エゴノキ、いぬまき(チャーギ)。角材から旋盤機械で大まかな形を削り出していきます。


花笠、魚かごなどのパーツは胴体とは別で削ります。木の種類によって固さやくせが異なるので、細かく調整していきます。


手作業で形を整えたあとは、やすりで“研磨”作業を行います。粗目のやすりから、徐々に細目のやすりへ。表面がなめらかになるまで繰り返し研磨の行程を経て、絵付けに適した木肌に整えたら、いよいよ絵付けの行程に移ります。

全体がなだらかな曲線でできているこけしへの絵付けは、高度な技術を必要とする難しい作業。様々な太さの筆を使い、一色ずつ丁寧に塗っては乾燥させる作業を繰り返し必要な色を重ねていきます。


髪の毛の生え際や花笠の波模様などは、わずか数ミリの細い絵筆を用い、集中して線を描いていきます。


最後に表面にアクリルニスを塗ってしっかり乾燥させ、各パーツの接着を行って完成です。
たくさんの工程を経て完成した琉球みやらびこけしは、不具合がないか検品された後、出荷に向かいます。

職人の方たちは車椅子を利用していたり片方の腕が不自由だったりとハンディを抱えつつも、口をうまく使ったり独自の工夫を凝らした固定具を用いて、熟練の技で器用に作業をこなしていく様子がとても印象的でした。

職人の技術を次の世代へ

「長年経験を積み重ねて取得した絵付けの技術は、指導しても習得するのに時間がかかり、なかなか後継者の育成につながっていないのが現状です。しかし今後も継続して琉球みやらびこけしが生産できるよう、次の世代への技術継承をこれからも支援していきます。」と新里さん。

沖縄が本土復帰をしてから今日まで、変わりゆく時代を見つめてきた琉球みらやびこけしたち。近い将来、きっと次世代のみやらびたちに会える日が来るはずです。沖縄らしさを感じるおみやげ品として、そしてほっと心を和ませる存在として、これからも長く人々から愛され続けるでしょう。

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